校長のつれづれ日記 Episode 23 of 北海道天売高等学校

北海道天売高等学校 定時制普通科

校長のつれづれ日記

Episode 23 悪戦苦闘?! ウニ缶づくり

 7月も下旬に入り、本校を見学に来られる観光客の方々も増えてきています。先日は、ブギウギ専務で有名な上杉周太さんがボーカルをつとめるTHE TON-UP MOTORSのコンサートが天売島の海の宇宙館野外特設会場で行われました。南壽あさ子さんのライブもあり北海道179市町村ツアー55市町村目は大いに盛り上がりました。

今回は、ウニ缶詰実習についてです。ウニ缶詰には、昨年も書いたように天売島で朝獲れたキタムラサキウニを使用しています。そのため水産担当のリーダーの高橋先生とサブリーダーの鈴木先生が早朝にウニ漁の有無を確認し、先生方やお手伝いの方々への実施連絡、漁組へウニの手配、小型運輸へ運送依頼、作業場の準備を行います。ちなみに島内にウニ漁の有無を知らせるところが五カ所あり、漁があるときは青旗、協議中は白旗、ないときはザルがあげられています。なぜ、ザルかを知りたい人は是非来島を。漁師さんたちのちょっとした洒落だそうです。今回使用したウニの量は、約350㎏(ウニの価格により変わります)。作業行程は、マキリでウニの殻割り。→ウニ剥き(ウニ剥きスプーンで生殖巣を取り出しザルの中に集めます)。→肉詰(秤を使い、ウニの身を100グラムずつ缶に入れます)。→巻締(製缶機を使い、缶に蓋をして密封します)。ここで、製缶機にトラブルが発生!昨年は、製缶機の動力部分が固着し動かなくなりましたが、高橋リーダーの知識と技術、そして根性で見事にクリアすることができました。今年は缶を送るところのチェーンが切れ、どうやっても上手く巻締することができません。皆、半ば諦めかけたときサブリーダーの鈴木先生が、手作業でひとつひとつ巻締を行うことを提案しました。時間はかかりましたが、手作業で一つずつ機械に入れ、蓋をすることができました。巻締が終了してから、レトルトし缶を拭いて箱に入れ終わったときには、すでに11時を過ぎていました。この緊急事態に遅くまで頑張ってくれた先生方に感謝です。
 毎月、点検していたにもかかわらずこのようなことが起こってしまい残念ですが、ここで諦めずに皆で知恵を出し合い協力して行うことが出来たのは大きな収穫です。また、鈴木先生の粘り腰にも驚かせられました。
 話は変わりますが、レトルトの作業をするためにはボイラーを動かさなければなりません。本校にある機械は、非常に古いものですが、高橋先生がボイラー1級の免許を所有しており、検査やメンテナンスなどを行い動かしてくれています。それを見ているサブリーダーの鈴木先生も興味を持ち始めたようです。

 校名の門柱が復活しました。昨年、赴任してからずっと気になっていたのが、物置に放置されいた門柱です。何とか復活させたく、昨年度の内に腐っている部分を削り、ペンキを塗ってもらっていたものを今年度に入り「北海道天売高等学校」の校名を書き入れた後、仕上げは島の大工さんの永原さんにお願いしました。数年振りに素晴らしい門柱をたてることが出来ました。ちなみに、今回のもので3代目だそうです(今回は、2代目のものを再利用しているので2.5代目ですね)。







【天売高校を振り返る】~page6 開校30年まで~
 昭和55年:この年、天売高等学校の門柱が建立、また中庭に
       は桜が植樹される。
       現在の「実践の記録」の前身である研究紀要「あ
       かあし」が創刊される。
       小田教頭、山内・成田・鈴木教諭着任。
 昭和56年:留萌で行われた定体連大会で、羽球女子が優勝、
       排球男女が準優勝する。
       この年は荒天のためウニ缶製造を夏季休業中に先
       生方のみで実施する。
       三島校長、佐藤・関・下国教諭着任。
 昭和57年:この年は、留萌高校定時制が「学校外に学習の場
       を広げ、他校生と交流することで郷土を理解し、
       愛情を深めよう」という狙いのもと宿泊研修で天
       売島を訪れる。10月に、暴風雨で自転車置き場
       が倒れる。
       中辻・坂下教諭着任。
 昭和58年:この年の8月に体育館に玄関が敷設される。
       西澤教頭、斉藤・榎本・鈴木教諭着任。
 昭和59年:8月26日、創立30周年記念式典が挙行され
       る。生活体験発表地区大会で2年平野さんが
       優勝、1年竹内さんが3位に入る。平野さんは、
       全道大会で2位に入る。12月、高校生クイズの
       予選大会が天売で行われ、笹(4年)・
       平野(2年)・三浦(1年)の3名が全国大会
       出場権を得る。
       和角校長、川元・足立・沖教諭着任。
 西城秀樹が「ヤングマン」を歌い、「銀河鉄道999」が上映された昭和55年、天売では小学校の「子ども郵便局」に郵政大臣から表彰状が贈られました。高校では、このころ5月の連休に繁忙休業という言葉が見られ、まだまだ離島ブームが続いていたことが伺えます。昭和56年には、堂垣内知事が来島し、天売小の児童とソフトボールをし、ハーモニカをプレゼントしています。昭和57年には、天売島が「国設鳥獣保護区」に指定(期間10年)されました。東京ディズニーランドが開園した昭和58年に実施された統一地方選挙ときは、時化で天羽丸が欠航し巡視船が投票箱を運ぶという緊急事態もありました。創立30周年の昭和59年には、新札(福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石)が発行されています。



ウニ.JPGウニ
ウニ剥き.JPGウニ剥き
肉詰.JPG肉詰
巻締.JPG巻締
レトルト.JPGレトルト
冷却.JPG冷却
門柱復活.JPG門柱復活
デコイで飾り付け.JPGデコイで飾り付け

門柱.jpg門柱












クイズ大会.jpgクイズ大会

おまけの独り言

「働き学ぶ」

 7月16日付け北海道新聞夕刊『現在(いま)を撮る』のコーナーで「働き学ぶ 天売高校60周年」と題し、本校の生徒の普段の様子が掲載されました。授業中や水産実習、昼間の仕事の様子、そして全員揃っての下校の様子が載りました。笑顔が随所に見られる普段の明るい生徒の様子が伝わってきて、わたしも嬉しくなってきました。
 また、№20でお知らせした朝日新聞の全国版に掲載された時にお手紙をいただいた大阪在住の方から生徒たちに素敵なプレゼントがありました。それは、一人一人の名前のネームプレートです。生徒たちは、この素敵なプレゼントをいただき、感激していました。

 小さいけれど素敵な島で学校生活を過ごして見ませんか?ぜひ、一度島を訪れてみてください。あなたも天売高校に通いたくなる筈です。

 今回もたわいのない独り言にお付き合いいただき、ありがとうございました。



【The soliloquy of the black rabbit of Teuri】


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